楽器本体の製作者ではストラディバリやガルネリなど名工の名前をご存知でも、弓の名工の名前をご存知の方や、その役割について楽器本体ほどに注目している方は少ないのではないでしょうか。
ところが、著名な演奏家の中には弓の方が楽器本体よりむしろ大切なくらいだと指摘する方もいます。この指摘はある意味では的を得たものと言えます。なぜならば、弓は楽器の付属品ではなく、補助するものではなく、音楽を作り出す上で、本来は楽器と同等の役割を担うものだからです。
良い弓に巡り合うと、それだけで今まで弾けなかったパッセージがうまく弾けるようになったり、弓自体の持つ音響特性あるいは楽器の性能を充分に引き出した結果として音が良くなったりと、音楽を創り出す上で大きな役割を果たしてくれるでしょう。
弓の価値は、ヴァイオリン本体の場合と比較し材質によって決まる比重が5割程度と最も大きく、次に細工の技術4割、調整の技術が1割の割合でその能力が決まると言われています。
最も比重が大きい素材については、現在の弓の形が200年以上前に完成して以来、フェルナンブーコ材が最上級とされています。この木は、比重、弾性、音の伝導率などの点で最も弓に適しています。現在ではブラジルの極限られた地域にしか生息しておらず、入手が非常に困難になりましたが、最高の弓を作るためには欠かせません。
フェルナンブーコ以外に弓の材料として使用される素材の特徴を以下にまとめます。
その他の部品とその素材としてとしては、主に以下のものが挙げられます。
細工の技術については、ヘッドの形の美しさ、フロッグ(毛箱)の各種パーツなどの加工技術の精密さのことを指します。このことは見た目の美しさ、芸術性という観点と、弓の性能をフルに引き出せる正確な加工が為されているか否かという両面から評価できます。例えばフロッグとスティックの接合部が完全に一致していることにより弓毛を張った場合に均一なテンションを得ることができます。
最後に調整の技術とは、弾きやすくバランスのとれた弓とするために、ときには材料の特質を見極めながら、反りを付けたり、弓そのものの重さや重量バランス、スティックの径を微妙に調整するなどの作業を指します。奏者にとっての弾き心地はこの作業に大きく依存します。例えば全く同じ重さの弓でも、調整如何で羽のように軽く感じることもあれば、重くてコントロールが困難になることもあります。
弓の良し悪しを数値的に判断することは楽器同様非常に難しいことですが、良い弓とは以下の特徴を備えているものと言えます。
これらを実現するためには、前項で述べた素材と調整の技術が重要になります。スティックの材料に良質なフェルナンブーコを用いていることは、良い弓を探すための前提条件となると言えるでしょう。なお、スティックの形状(丸、八角)は弓の性能には関係ありません。好みで選択すれば良いでしょう。
素材が良いものであれば、次に弓のキャラクターが気になります。これは、奏者の好みや熟練度によって選ぶことになります。一般には、初心者は強めの弓を選択すれば、弓をコントロールする基礎をしっかりと学ぶことができるとされています。様々な表現力や扱いやすさは二本目以降の弓に求めるのが良いでしょう。
調整の技術は数値や言葉で説明するのが困難です。一点、数値で表せる基準としては重量があり、重い弓は強い傾向が、軽い弓はしなやかな傾向があります。しかしそれ以上に重要なのがバランスです。奏者が感じる重さはほとんどバランスによって決まります。アンバランスな弓は実際の重量に関わらず重く感じたり、扱いにくいものとなります。以下に参考データとして弓の一般的なサイズと重量を示します。
スティックの長さ | 重さ | |
バイオリン | 73cm | 55~65g |
ビオラ | 72cm | 65~70g |
チェロ | 69.5cm | 70~80g |